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「また外で吸ってるんスか?」
ベランダにいる和己を見つけて準太が声をかける。
日が落ちるのはすっかり早くなってしまって辺りは暗くなっていた。
「あぁおかえり準太」
少し照れながらただいまと準太はカバンをソファに置く。
準太が大学に入ってから二人で暮らすようになってもう二年半は経つというのに準太は未だ和己との生活に照れを感じているところがある。
それが何気ないことであればあるほど逆に意識してしまうのだと準太が言っていた。
幸せに感じている。ということらしい。
気を取り直して準太は和己の隣に並ぶ。
「別に中で吸ってもらってもかまわないっスよ」
「いやいいんだこれは気分転換だからな。」
そういって和己は携帯灰皿に煙草の吸殻をしまう。
和己は野球部を引退してから煙草を吸うようになった。
本人の言うとおり気分転換で吸っているだけらしく準太が吸っているのを見るのはまだほんの数回だ。だいたい1本吸えばすぐにやめてしまう。
「それに・・・」
「煙の方が有害だから部屋で吸う気にはなれない。でしょ?」
以前今日みたいに和己が先に家に帰っている時ベランダで吸っているところを見つけた準太が部屋で吸ってもいいですよという申し出を断った台詞だった。
「和さんそんなに吸わないんだから害になるほどじゃないじゃないっスか」
「けど部屋に匂いが付くのも嫌だしな。それに現役の大事な身体だろう?お前一人の身体じゃないんだからな」
「ちょ・・・和さん・・・オレは妊婦じゃないんスから・・・」
和己は笑って口を尖らせる準太の頭をなだめるようになでる。
準太は現在大学の野球部でエースを務めるまでになっていた。
当然和己は捕手としてそしてなにより準太を大事に思っているからこそ身体を気遣っての言葉だった。
準太もそれをわかっている。いつも和己は準太の身体を気遣い一番に考えてくれる。たとえ和己だって疲れているだろう試合の後であっても。それは準太にとって嬉しいことだが少し寂しくも思っていた。
和己は自分を気遣うあまりいろいろなことを我慢しているのではないのだろうか。
なまじ付き合いが長い所為かいまさら訊けないこととかもある。自分の性格を分かっているからこそ言えないことだってあるだろう。煙草を吸うということがそういった気持ちのはけ口になっているのではないのだろうか。
ベランダで一人煙草を燻らす和己の後姿に準太は自分の知らない和己の世界の一面を垣間見たようでどうしようもなく切なくてそして不安だった。
自分は和己に何かしてやれないのか。自分が与えられる安らぎを和己にも与えることは自分にはできないのか。・・・自分はここにいてもいいのだろうか。
しかしこれを言葉にしたところできっと和己に逆に気を遣わせてしまう。
それ以上にとても訊く勇気が持てなかった。
ぐるぐると不安と思考が頭の中をめぐり、結局答えは出ないままで準太は視線を落とす。
せめてもう少し和己と近い目線に立つ事ができたら
「オレも吸ったら何かわかるのかな・・・」
ぽつり。つぶやく。
「何だ準太煙草吸いたいのか?」
「えっ」
驚いて視線を上げる。和己に聞こえてしまったらしい。
「あ、いや、なんていうかタバコ吸ってると大人だな~って思っただけで・・・別に・・・」
慌てて取り繕うがまるで子供の言い訳みたいになってしまう。
こと準太の健康管理にはある意味親よりも気を遣っている和己が許すはずもない。だいたい本気で吸いたいと思ったわけじゃない。
しかし返ってきた言葉は意外なものだった。
「じゃ1本だけ。どうだ?」
そういって和己は準太に1本差し出す。
「へ?」
準太はびっくりして目を瞬く。
まさかさっきまで身体によくないからと近くで吸うことさえ避けてきた人の言うこととは思えず準太は思考が追いつかないまま差し出されたそれに促されるように手を伸ばす。
そして受け取って気付く。
「・・・和さん・・・これ・・・」
和己はくっくと肩をゆらし笑いをこらえている。
準太が和己に渡されたものはチョコシガレットだった。
「煙草はやっぱよくねぇからそれで我慢しとけ。」
和己は準太の頭をぽんと軽くはたく。
準太はさっきまで悔しいような気持ちだったのが今度は完全に子供扱いされたようで情けなくなってきた。
自分は真剣に悩んでいるのに。和己は知ってか知らずかひらりとかわしてく。
こんな自分では確かに和己に何かしてやれることなんてないのかもしれない。
年齢だって一つしか変わらないのにまるで和己にはかなわない。
ますます気持ちが沈みこみはぁっと深くため息をついて受け取ったチョコシガレットを見る。情けなさで和己に反抗する気にもなれず、チョコシガレットを口に運ぶ。
もとより準太は和己に対して反抗などほとんどしたことはないが。
「・・・甘」
口に広がるチョコの甘さが疲れた身体に染みる。ぐるぐる思考で詰まっていた頭も少し落ち着いた気がした。そんなことをぼんやり考えていると和己が口を開く。
「からかって悪かったよ。でも本当に煙草なんて身体によくねぇからさ」
和己の気遣う優しい口調。準太は胸を突かれる思いだったがチョコで落ちつたためか先ほどの思いとは裏腹にするりと言葉が出てきた。
「でも和さんは吸ってるじゃないスか・・・」
「あぁ・・・俺は現役離れたし。まぁ気分転換だよ」
「・・・やっぱり一人で考え事とか・・・そういう時間も欲しいっスもんね」
「・・・」
「・・・オレ・・・邪魔じゃないスか?」
ついにここ最近気になっていたことを口にしてしまった。でも怖くて和己のほうは見れない。もしここで邪魔だといわれてしまったらどうしようもない。
長いような短い瞬間を破ったのは和己の言葉だった。
「ここ最近何か考え込んでるときがあるかと思っていたらそれか。」
「・・・・・・」
「まぁそりゃ確かに一人で考え事する時間は要るよな」
「・・・・・・」
「でもそれは四六時中ってわけじゃないぞ。たまに。だ。」
「でもっ」
「だいたいただでさえ一緒にいられる時間少なくなってるって言うのにこれ以上離れてどうするんだ」
確かに和己か引退してから大学で共有する時間がほとんどなくなっていたため、ここのところ二人でゆっくり過ごす時間はおろかすれ違う日もままあった。
「俺は準太と一緒にいる時間楽しいよ。一緒に暮らせて本当に嬉しい」
「オレもです!・・・でも和さんオレに気遣ってるんじゃないかって・・・オレはいつも和さんの世話になってばっかで・・・」
「準太もやれることは自分でやってるだろう?家事だって分担してるし・・・」
「そういうんじゃなくて・・・オレ和さんが安らげる存在でありたいっていうか・・・」
上手い言葉がなかなか見つからなくてそれでも準太は必死に自分の思いを和己に伝える。自分だって和己に何かしてやりたい。
「和さん、オレにもっと甘えて欲しいです。」
見つけた言葉はこれだった。
準太は真っ直ぐ和己の瞳を見つめている。
和己はよくこの瞳を知っていた。和己と野球でマウンドに立ったときの、懸ける想いは違えど気持ちは同じ。
淀みない一途な眼差し。
和己の好きな瞳。
「だ、だからその・・・タバコ吸う時もオレに気兼ねなく吸ってくれたらいいってことなんスけど・・・」
「わかったよ準太がそこまで言ってくれるならこれからは何か準太に甘えるかな」
「は、はい!ドンと甘えてください!」
ぱっと目を輝かせ準太はまかせろと拳で自分の胸をたたくが勢い余ってむせてしまう。
何やってんだと和己は準太の胸をさすってやる。
「す、すいません・・・」
そうしておかしくて二人は笑いあった。
「さ、夕飯作るぞ遅くなっちまう。準太はまず着替えてこい」
「ハイ」
気付けば時計の針は8時を回ろうとしていた。
準太はソファに置いてあったカバンを手に取り部屋に向かおうとする。
和己はさっと準太の手を取り顔を近づけ唇を重ねる。
「!」
和己がこんな風に突然キスを仕掛けてくることは珍しかったので準太は驚いていたがすぐに目を閉じ和己に応えた。
「・・・和さん・・・」
少し名残惜しそうに唇を離し見つめ合う。そして和己が優しく微笑む。
「準太ありがとな」
「は、はい」
和己にとっても準太は何者にも変えがたい大切な存在だ。
準太と共に暮らしてそこに当たり前に居る存在にどれだけ救われたか計り知れない。
普段から準太は和己をそっと思いやってくれる。何をするでもなくても感じ取れる。どんな時も準太の真っ直ぐな瞳が、自分に向けられる想いが何より嬉しいものだった。
今回随分悩ませてしまっていただろうことは少し反省した。
だから準太も思い切って不安を打ち明けてくれたようにこれからは自分も準太への気持ちを言葉で伝えてくのも必要だと思った。
和己の突然の礼に準太はすべてを理解したわけではなかったが自分の気持ちを受け入れてもらえたことは伝わった。
二人はまた軽く唇を交わすと嬉しそうに笑いあった。
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い、いかがだったでしょうか?何か思いのほか長くなりすぎました・・・おかしーなー
当初こんな長い話でもシリアスチックでもなくただほのぼのな話だったのに・・・
ただ準太に煙草の代わりにチョコシガレット渡してからかう和さんが書きたかっただけなのに。
おかしーなー・・・
でもこれ書きながらぺらい本くらい出せそうなネタはちらほら出てきたので(つづきとか)
もし出たらよろしくですー
でも24歳和さんとかちょっとむりかも・・・(私の能力的に)うーん・・・